悪々マヌル 後半①
。※
しばらく後。
「…………は?」
気がつけば、ケンシとティゴはソーンフォレストの奥に佇んでいた。カスパーと勇者の姿は何処にも見当たらない。青臭い”ぬるり”とした風がほほを撫でた。
普通なら取り乱すような状況。しかしケンシとティゴとて歴こそ浅いものの勇者パーティの一員。二人は半ば反射的に武器を構える。
「ティゴ、どうやってここに来たか憶えてるか?」
「憶えてないわ。カスパーに魔術をかけられてからの記憶が曖昧ね」
「俺も大体同じだ。カスパーの奴め、パーティを裏切りやがったな」
緊張はある、動揺もある、だが取り乱す程では無い。二人は即興の笑顔と共に言葉を交わし、互いの心を和らげる。
「逆に私たちがパーティから切り捨てられたという可能性も…………なくは無いかな」
「ハハ……だとしたら酷えな。だが有り得ねえよ。冒険帰りに『辞めろ』と一言いえば済むのに、わざわざ森の奥に放り出す理由が──────!?」
突如、ケンシとティゴの周囲で爆発が起こる。爆発の衝撃で倒れた木々が重なり合い、もたれ合い、二人を囲む壁となった。
魔物の襲撃かと咄嗟に推察し、それはまず有り得ないと二人は思い直す。計算して爆破しなければこうも上手く壁になるはずがない。そして魔族という可能性もなかった。勇者には対魔族専用の感知能力があり、凄まじい事に街一つ覆えるほどの効果範囲を持つ。
太陽の傾きはカスパーから魔術を受ける前とさほど変わっていない。勇者の感知範囲から外れる程には歩いていないだろう。
つまり──────
「悪を正しにきました」
敵は人間だ。
安っぽい人形めいた笑みを浮かべ、樹の裏から歩み出て来た男。彼の名はマヌル。ぬとりとした嫌な気配を身にまとっている。
「ッ…………狂人め」
「悪って何のことかな。ここには私とケンシしかいないよ。だからとっとと帰ってくれないかな?」
ケンシとティゴは各々の獲物を固く握り締めた。
総合力のみを評するのであれば、マヌルと二人に大差はない。人数も加味すれば二人が圧倒的に優勢。だが実態はそう都合の良い状況ではない。
「そうですかティゴさん。貴方は自覚が無いのですね。それはとても残念です。ケンシさん、貴方はどうですか?」
マヌルが一歩前に踏み出し、二人は一歩退く。垂れ堕ちた二人の冷や汗が大地を濡らす。
「…………さあな。それより、一つ質問して良いか?」
「もちろん。質問して知識を増やすのは善い事です。一つと言わずいくらでもどうぞ」
「俺たちはカスパーに魔術を掛けられてここに誘導された。そしてここにお前がいた。つまりマヌルとカスパーがグルで、俺とティゴは嵌められた。そこまでは解る。
だが──────動機が解らん。お前は狂人だから考察するだけ無駄だとしても、カスパーがお前に協力したのは何故か気になる。
俺だって勇者パーティの一員だ。魔王崇拝者とかのイカレ野郎はクソ程見てきたし、だからイカレ野郎とマトモな人位は見分けられるんだよ。
勇者とお前はイカレていたが、カスパーは一応マトモだった。なあ…………カスパーがお前に協力する理由はなんだ? 教えてくれ」
「それが、僕も良く分からないんですよね。実はここしばらく記憶が少し曖昧で。ここにはカスパーさんの案内で来たけど、どう案内されたかもフワフワしてるし…………カスパーさん側に何か事情があったんじゃないですか? これが終わったら聞いておきますよ」
「…………」
マヌルの返答を聞いたケンシ。彼は浮かない表情で口をもごもごと動かした後、マヌルの後ろへ視線を投げかける。